大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)496号 判決

被告人 井上克彦

〔抄 録〕

論旨は、原審第八回(昭和四六年一月二一日)公判期日における訴訟手続は、明らかに審理不尽の違法があり、かつ、憲法三一条、三七条、刑訴法一条、二九八条二項、刑訴規則二〇八条にも違反するもので、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるといい、その理由を縷述するが、これを要約すると、つぎのとおりである。すなわち、右公判期日は午前一〇時から証人武井輝成の取調が行なわれ、午後一時一〇分に終了したが、その後原裁判所は、検察官請求の証人川村将二、弁護人請求の証人宮沢源造の各取調請求を却下し、引続き弁護人に被告人質問を求めたので、弁護人は、三個の理由を掲げて公判期日の続行を請求したところ、原裁判所は右請求を退けたうえ、執拗に即時被告人質問を行なうよう要求したので、弁護人側が現段階では行なうことができない旨答えると、検察官に対し論告求刑を促し、さらに弁護人にも最終弁論を即時行なうよう要求したので、弁護人は右訴訟指揮に反省を求めたのに、原裁判所は、これに耳を傾けないばかりか、即時に有罪の判決言渡しを行なつたものである。ところで、裁判所は、憲法三一条、三七条により、刑訴法一条の掲げる目的実現の前提として刑事被告人に対し十分な弁護活動を保障すべき義務を課せられており、さらに、刑訴法二九八条二項、刑訴規則二〇八条により、進んで被告人の訴訟活動を援け、後見的役割を果すべき義務も負わされているから、原審の右訴訟手続には、上記の違憲、違法があるというものである。

よつて検討するに、まず、原審公判調書によつて、原審第八回(昭和四六年一月二一日)公判期日の訴訟手続の経過を調べてみると、以下のとおりである。すなわち、最初に、弁護人請求の証人武井輝成の取調が行なわれ、次いで、検察官から、告訴人井上克彦(本件被告人)、被告訴人高野建次外三名間の特別公務員暴行陵虐告訴事件は現在捜査継続中で未終局であるとの釈明があり、裁判官から被告人に対し、「今までに裁判所で処罰されたこと、特に道路交通法関係の前科があるか」と質問し、被告人が、「ありません」と答えたのち、弁護人請求の証人宮沢源造、検察官請求の証人川村将二の、各取調請求がいずれも却下され、そのあとで、主任弁護人が被告人に対し、「被告人は本件公訴事実につき、被告人と云うことで二度裁判を受けているが、この点につきどう考えるか」と質問し、被告人が「警察官の行為は人権を無視した不当なものであると感じています」と答え、このあと、弁護人から「被告人の利益を護るのに十分な弁護活動をするに必要な被告人尋問をするにつき、準備を要するため続行請求」があり、検察官が「右続行の必要はないものと思料する」旨意見を述べ、裁判官は、「右続行請求を却下する旨決定」し、被告人も、「今被告人尋問を受けても、本件は古いことなので、十分な供述が出来ないため続行請求」し、これに対しても、検察官は、「右被告人の続行請求も必要ないものと思料する」旨意見を述べ、裁判官は、「右被告人の続行請求も却下する旨決定」し、検察官が求刑論告として、「公訴事実は被告人の当公判廷における供述並びに取調べられた証拠によりその証明は十分であるから、相当法条を適用の上被告人を罰金五、〇〇〇円に処するを相当と思料する」旨、意見を述べ、主任弁護人は、意見として、「未だ十分な弁護活動を経ていないので、弁論は出来ません」と述べ、被告人は、最終陳述として、「未だその段階ではないので、現段階では述べることは出来ません」と述べたあと、裁判官が判決宣告をしたという経過にあることが明らかである。

そこで、以上掲記の原審訴訟手続が被告人、弁護人側の弁護活動を不当に制限したものであるか否かの考察に移るわけであるが、さらにさかのぼつて、記録を調べてみると、本件は、被告人が「昭和四三年八月一日午後一一時四五分ころ、川崎市藤崎町三丁目九一番地先附近道路において、信号機の表示する止まれの信号に従わないで、事業用普通乗用自動車を運転通行したものである」との道路交通法違反の公訴事実につき、昭和四四年一二月一二日起訴されたという案件にかかり、その後の原審公判手続(第一回ないし第七回)の経過については、昭和四五年二月一七日の第一回公判期日は、被告人不出頭のため公判期日変更決定がなされ、同年三月一二日の第二回公判期日は、被告人において「弁護人選任につき考慮したいので、期日を変更されたい」旨述べたので、公判期日変更決定がなされ、同年四月一六日の第三回公判期日は、被告人は出頭したものの、未だ弁護人が選任されていなかつたため、職権により公判期日変更決定がなされ、次いで、五月八日付で、国選弁護人選任命令がなされ、同月一四日の第四回公判期日は、右国選弁護人は出頭したものの、被告人が出頭しなかつたので、公判期日変更決定がなされ、同月二六日に至つて漸く同月一一日作成日付の私選弁護人選任届が原審に提出され、その結果、同月二六日付でさきの国選弁護人解任命令がなされ、六月一八日の第五回公判期日は、被告人、弁護人出頭のうえ開廷せられたが、人定質問ののち、主任弁護人から、「本件と同じ頃、同じ場所において被告人は警察官より不法逮捕、暴行等を受けたため、横浜地方検察庁川崎支部に被告人が右警察官を特別公務員職権濫用、同暴行罪等で告訴中であるので、右告訴事件の捜査状況との関連上、本件の審理は此の程度で続行されたい」との期日続行請求があり、検察官は、「本件は右告訴事件とは関係なく審理されるべきである」と意見を述べたが、原審は続行を告知し、九月一〇日の第六回公判期日は、検察官の起訴状の一部釈明が行なわれたあと、被告事件に対する陳述として、被告人は、「私は信号無視をしていません」と述べ、かつ、意見陳述書と題する書面に基づき陳述し、主任弁護人は、「被告事件に対する陳述は留保する」と述べ、かつ、「本件公訴は違憲違法である」と題する書面に基づいて公訴棄却の申立をなし、検察官は、「本件公訴提起は検察官の恣意によるものではなく、法律の手続によるものであるから、右申立は理由がない」と述べたが、裁判官は「追つて判断する」と述べ、検察官請求の、訴訟条件の存在に関する書類および被告人にかかる身上調査照会回答書か同意書面として取り調べられ、さらに検察官請求の証人高橋秀雄については採用、次回召喚の決定がなされ、同川村将二については採否の決定が留保され、右期日において指定、告知せられた一〇月一五日午前一一時の次回公判期日は、同月二日付主任弁護人作成、同月五日受理の「弁護人において他庁に出廷のため」を理由とする公判期日変更請求書に基づき変更せられ、あらたに一一月二四日午前一一時の公判期日が指定せられ、右同日の第七回公判期日は、検察官請求の証人高橋秀雄および同人作成の実況見分調書が取り調べられ、次いで、弁護人請求の証人のうち、武井輝成については採用、次回召喚の決定がなされ、同宮沢源造については採否の決定が留保され、次回公判期日(本件第八回)として昭和四六年一月二一日午前一一時が指定、告知されたこと、以上の経過を認めることができる。そして、原裁判所が取り調べた証人二名のうち、高橋秀雄は、被告人の本件違反事実を現認し、現行犯逮捕した警察官であり、武井輝成は右逮捕された被告人を受けとり、留置取調をした警察官であつて、その各証言内容を仔細に検討してみると、被告人が本件につき現行犯逮捕され、留置された経緯につき、被告人、弁護人側から執拗とも思われる程の反対尋問がなされており、しかも、その結果を斟酌してみても、警察側の手続に特段の行き過ぎがないし手落ちがあつたことを窺わせるに足りるものは認められない。すなわち、これらの証拠によると、被告人は、原判示事実どおりの違反事実を高橋警察官に現認され、停車を命ぜられて、まず、運転免許証の提示を求められた際、ポケツトからこれを取り出したものの、ハンドルのところでちらちらさせながら「これが免許証だ」と言つただけで、再度の提示要求にも応ぜず、仕舞おうとしたので、高橋警察官において、「住所、氏名が判らないので逮捕する」と告げ、現行犯逮捕しようとしたところ、被告人が暴れて逮捕を免かれようとしたため、たまたま、パトカーで通り掛つた他の交通取締警察官との計四名で、被告人を逮捕して川崎警察署に連行、留置したものであつて、その間警察側において被告人に対し積極的に暴行、傷害の所為に出たり、留置権限を不法に濫用したというような形跡はいささかも認められないし、被告人が逮捕される際受傷した事実があつたとしても、それが警察官の所為によるものとは認められない。なお、被告人の原審公判における弁解は、本件交差点に入つた瞬間、対面信号が青色から黄色に変わり、急いで交差点を出ようとしたところ、赤色に変わつたというのであり、高橋証言は明瞭にこれを否定しているのであるが、同証人の現認の経緯に関する詳細な供述部分と対比、検討し、被告人の右弁解は措信できないものというのほかはない。また、現行犯逮捕された経緯についても、被告人は、運転免許証の提示をしたところ、警察官側においてこれを取り上げようとしたと弁解しているが、この点も、高橋証人が被告人の尋問に対し、普通の場合は運転者の住所、氏名を書くために運転免許証を取り上げるが、本件の場合は被告人が渡す様子がなかつたので、取り上げようとしなかつたとする供述部分の方が信用に値するものということができる。

さて、以上の検討、考察から明らかなように、原審弁護人が選任された時期が本件の原審第八回公判期日より約七箇月も前のことであり、しかも本件は簡単な事案であることからみても、被告人の防禦活動、弁護人の弁護活動については十分な準備、検討がなされうる余裕があつたものと認めるにかたくないところであるし、原審が本件における争点の解明に必要とされるかぎりの証拠調を尽くしていることも優に肯認できるところである。そして、以上後段の点につき、さらに考究してみると、原審が取調請求を却下した検察官側の証人川村将二は、本件検挙の際、高橋警察官と同じパトカーに乗つていた交通取締警察官で、高橋警察官を取り調べた以上、もはやその取調の必要はないと考えられるものであり、同じく弁護人側の証人宮沢源造(所論によれば、本件の第一回公訴提起検察官であることが窺われる。)は、「公訴権の恣意的運用について」立証することを目的とするものであつたというところ、原審立会検察官の意見によれば、「本件が起訴当時川崎に在住していなかつたし、本件公訴に関係ないので必要なし」というものであつて、本件において必ず取り調べなければならない証人とは認めがたいのである。また、右証人は原審第七回公判期日において取調請求があり、採否の決定が留保中であつたのであるから、第八回公判期日において請求が却下されることのありうべきことは、弁護人側において当然予測しておかなければならなかつたところである。さらに所論は、期日続行請求の理由として、当該期日には被告人質問は予定されていなかつた、当該期日において取り調べられた武井証人の証言事実と異なる部分を被告人質問によつて明らかにするには、被告人との十分な準備活動が必要であつた、本件は被告人が無罪を主張し、かつ公訴権濫用の主張をしている事件であるから尚更慎重な準備が必要であつた等、縷述しているのであるが、武井証人に対する弁護人、被告人の各尋問内容および同証人の供述内容にかんがみ、かつ、それまでの訴訟経過に照らしてみて、続行期日ではなく、当該期日において被告人、弁護人が原裁判所の許可を受けて被告人質問をすることも決して不可能ないし困難ではなかつたと認められるのであつて、これを要するに、原裁判所が弁護人、被告人の各期日続行申請を却下したことをもつて弁護人の弁護活動ないし被告人の防禦活動を不当に制限したとか審理不尽の違法を冒したとかいうのはおよそ当らないところである(なお、所論中、弁護人は被告人に信号無視の事実のないことおよび公訴権濫用の前提事実につきさらに立証しようとしたのに原審がこれを却下したというところがあるが、前記引用のとおり、弁護人、被告人の期日続行請求の理由は、被告人質問に準備を要することを主眼とするものであつたことが明らかである。)。つぎに、原審が弁護人、被告人の期日続行請求を却下したのち、検察官に論告求刑を促し、これを聴いたうえ、弁護人、被告人に対しては、最終弁論、最終陳述の機会を与えただけで、判決言渡しをした点については、やや結論を急ぎ過ぎたとの批判を受ける余地がないとはいえないであろうけれども、それまでの証拠調の結果によりすでに有罪の心証を形成しており、しかも、被告人側の弁護人選任、期日出頭等の関係において、相当裁判所側に非協力な態度を見せつけられていた原審としては、手続の進行をはかる必要上、前記のような処置に出るのが相当であると考えたとしても、無理からぬところと思料されるし、また機会を与えたのに陳述しないのであるから、結審、判決しても法律的に裁判所を論難することはできないところであるから、結局この点も、所論のように被告人の防禦権、弁護人の弁護権を制限したとか、審理不尽の違法を冒したとか、目することのできないものであるというべきである。

以上のとおりであつて、原審訴訟手続に違憲、違法の廉があるとする論旨は、すべて理由がない。

(栗本 小川 藤井)

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